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    2020.12
    2020 Year End Special Blog 【コロナ禍で考えたこと Vol.2】 話を聴くこと。わかること。

2020 Year End Special Blog
【コロナ禍で考えたこと Vol.2】 話を聴くこと。わかること。

忘れられないアドバイス

独立してConsulente HYAKUNEN を創業した直後、僕は人にお願いして、ある人に会わせてもらった。その人は、僕より5歳ほど年上の経営者で、これまで数社の上場企業を作り上げたことがある人だった。

ズルいというか、ミーハーというか、その人に会って、経営者として成功する方法やコツみたいなものを聞いてみたいと思っていた。人には、「簡単に成功するコツなんてない」「理論や方法、ツールを追いかけるな」とかなんとか言っている癖に、だ。だから、あまりこのことをブログで書きたくはない(笑)

挨拶と雑談、創業する会社の話など、ひとしきり話が終わってから、僕はきりだした。
「経営者として成功するために必要なものって何なんでしょう?何かアドバイス頂けるとすごく励みになるのですが・・・」

その人は、「前山さんにアドバイスすることなんてないよ~。情熱もあるし、頭もよさそうだし。頑張ってやればいいんじゃないかな」と言ってくれた。

お世辞に違いないけれど、しっかりそれは受け取って、僕はシンプルに喜んだ。
けれども、けれども、だ。

やっぱり僕は答えが知りたい(笑)

無いとわかっていても、やっぱりやっぱり、知りたいし、聞いてみたい。
失礼だけれど、僕は、ここはひとつと、しつこく食い下がった。

「そうだなあ・・・。人の話を聴くことかな。」

その人はそう教えてくれた。

人の話を聴くことか。
確かに大切だと思うから、「なるほど。やっぱりそうですか。人の話ってなかなか聴けないものですもんね。確かに確かに・・・。」そう言ってノートにメモを取りながら、僕は、他にはどんなことが必要ですか?と改めて聞いてみた。

すると、

「そうだね。もっと人の話をよく聴くこと、かな。」


僕をまっすぐ見ながら、その人は言った。
そのまなざしのせいで、僕にも一瞬にしてその真意が伝わった。

その人はこう言ったのだ。
話を聴くことが大切だと私が言っている。その重要性を君は本当にわかっているのか。だったら、私のアドバイスなどいらないだろう。「話を聴くことが大切なんですね」と「わかったつもり」になっているだけではないか。それこそ、もっと、「本当によく聴く」必要があるだろう、と。

僕は恥ずかしくて、すっかり身体が熱くなった。変な汗が背中や脇に滲んでくる。
80分ほどの面談の中で、一瞬だけ、その一瞬だけだった。その人から強烈な殺気が放たれたのは。

僕は、なんとか大きく頷きながら、「いやいや、いかんですね・・・。ははは」と言葉になるやならないやらわからない感じで、その場をやり過ごし、その人も、持ち前の笑顔で、私を温かく送り出してくれたのだった。

「わかる」の向こう側にあるもの

仕事がら、経営者を相手に話をすることが多い。うまくいっていない会社の経営層の人と話をしていると、デジャヴのようなことが頻繁におこる。

(経営者)「どんな風にやったらうまくいくか分からない。ご支援をお願いします。」
(僕)「●●と思いますけどね。」
(経営者)「そうですか。確かに。なるほど、そうですねよね。いやね、私が思っているのは□□で、・・・・□□をお願いできないでしょうか。」

という流れだ。

うまくいっていないから、会社が傾いている。そこで、支援を求められるのだが、相手にはやりたいことや、決めていることがあって、それをやって欲しい、というのである。

別に悪いわけではない。こちらは雇われの身であり、実行面の支援を行うことも重要なミッションである。
それに、所詮は門外漢。業界に精通しているクライアントの考え、経験、知識にはかなうわけもなく、「何をすべきか」を決定するという面では、クライアントの方が確かでもあると思うからだ。

しかし、だ。

その考え方で経営しているから、いま会社がうまくいっていない、のである。
経営者の想いや目指す場所に行くのを支援することは何より大切だが、そのルートや登攀方法が、本当にその頂まで、私たちを連れて行ってくれるとは限らないのだ(だから、人は、虚業と揶揄されることもあるコンサルタントに仕事を依頼するのではないだろうか)。

うまくいっていない会社の経営層では、外部の意見を聞きながら、本当に聴きはしていないことが実に多い。「なるほど、そうですか」と納得している様子で、実際には、「いつもの考え方」で「考えたこと」をやって欲しい、と思っている。

そういうケースで、「わかりました」と仕事を受けた場合、客観的にみてインパクトの大きな成果が出ることは少ないのが本音だ(もちろん、クライアントには喜ばれるし、一応一定の成果も生まれるのだけれど・・・ここが悩ましい)

こちらが話すことを、クライアントも「わかっている」。
けれど、それはこちらの言っていることとは必ず異なっている。

わかっているけれど、わかっていない。
絶望的なネジれがここにある。

セミナールーム経営という新事業開発

新ビジネスでセミナールーム兼コワーキングスペースの事業を考えたことがある。自社でもセミナールームは頻繁に使うし、外部にも貸し出せれば、それなりの収益になるのではとメンバーの一人が言い出したからだ。

そこから、社内で物件探しと調査が始まった。幸運にも非常によい物件候補がみつかり、建築会社の選定も終了。トントン拍子でことが進んでいた。そのまま物件も契約し、工事を開始・・・となりそうであったが、どうにもわからないことがあった。

本当にセミナールーム・コワーキングスペースに十分な利用数が見込めるのか?

新規ビジネスで誰しもが気になる売上が見込めるのか、がどうにもわからなかった。というのも、担当のメンバー曰く、利用率の高い施設に法則性が見いだせない、とのことだったからだ。

駅近、オシャレ、付帯設備の充実度、などなど色々な視点でメンバーが調査するが、ボロボロの施設の利用率が高かったり、駅近できれいな施設が全く利用されていないなど、担当者は怪訝な表情を浮かべるばかりだった。

「でも、まあ、私たちの物件は駅近だし、交通量も多いし、地下鉄も複数乗り入れているし。オシャレな内装で、設備も充実できれば大丈夫ではないか・・・。」

僕には担当者のそんな心の声が聞こえていた。資金的な余裕もあるし、なにより社員が自発的に言い出したことなので、やらせてやりたかったから、今にもゴーサインを出しそうになっていた。

ある日、社員から報告があった。
古い雑居ビルのセミナールームを見に行ったが、ものすごい利用率で、予約が取れない状況になっているところがある。外観も古く、設備もイマイチ。それでも評判なので見に行ったところ、そのオーナー兼運営者に話がきけたというのだ。
そのオーナーいわく、セミナーを利用する人に対してホスピタリティある対応を心掛けていて、それで利用率が高く、ファンが多い、との話だった。たとえば、水を無料で用意しているとか、女性用のトイレには生理用品をおいているとか、小さな気配りをしている、とのこと。それが差別化の要因である、と。

担当メンバーは、ホスピタリティのあるセミナールーム・コワーキングスペースであることが鍵になるのではないか・・・という提案を僕にもってきた。

僕は、その報告をきいて、独断で、この新規事業を見送ることに決めた。


皆さんは、これを聴いてどう思っただろうか?


僕もたくさんセミナーに登壇するが、登壇するにあたっては、自分なりのルーティーンや準備物があり、それはしっかり準備して望む。飲む水の種類もある程度決めている(エビアンは飲まない、理想はボルビック)。だから、水を用意されても別に嬉しくないし、細かな気配りはそれほど重要ではなかったりする。男性なのでイメージがわかないが、生理用品をトイレに置いていることが、女性講師への大きな助けになる、というのもイメージがつかない(講師業をしている人なら、準備に余念がないものだからだ)

あったらいいな、というサービスだが、そのセミナールームを優先的に選ぶ基準にはなり得ない。「ホスピタリティが、施設利用の決め手にはならないはず」というのが僕の経験的、体感的な直観だった。

すると、疑問がわく。なぜ、そのセミナールームは利用率が高いのか?
建物も古いただの雑居ビル。設備もイマイチで内装もありきたりなセミナールームのそれだ。

ネットで検索すると、そのオーナーは年配の方で、すでに引退しているが、講師業を30年ほどやっているベテランということがわかった。

これで合点がいった。

僕の立てた仮説は、

① 講師の知り合い・友人が多い
   ⇓
② 「安く使ってよ」と知り合い・友人に声をかける
   ⇓
③ 利用してくれた講師に、「●●さんという、別分野の講師の人がいてね、その人を今度紹介するよ。一緒にイベントしてみたら面白いと思うなあ。」と人の連結ハブになる
   ⇓
④ 1人で仕事をしている講師は、いつも不安でつながりが欲しいし、別の人のノウハウや情報が欲しい。できれば一緒にイベントなどして、ビジネスチャンスをつかみたいと思っているので、嬉しい
   ⇓
⑤ そのセミナールームで、新規のイベントが開催される
   ⇓
⑥ 利用率が高く、儲かる

という流れではないか。

仮説を確かめるべく、私は友人にそのセミナールームでイベントを開いてもらった。
結果はどうであったか?

そのオーナーは、申込みのときから気さくに雑談をされる方で、友人のやっていること、これまでのキャリアや生い立ち、得意分野などを聞いてきたそうだ。
そして、セミナー終了後、片付けを手伝ってくれながら、「今日、●●さん(僕の友人)がやっていた内容って、美容サロン向けですよね。私の知り合いでサロンとか経営している人がいてね・・・」と頼んでもないのに人を紹介してくれたそうだ。今度、いちど3人で話しましょうよ、と・・・。

オーナーは知ってか知らずか、ホスピタリティがウリであると言っていたが、実際は、情報や人のハブになっている。これが強みであると僕は思った。水や生理用品などの「気配り」は、別に差別化要因なんかではないのだ。

経営していても、「顧客に選ばれている基準」が分からない人が多い。
やっている側の意図と、顧客が見出している価値は、ずれていることも結構多いのだ。

「わかる」は、遅れてやってくる

人はわかっている気になっている。
情報をきいて、頭で理解し、わかる。

「ホスピタリティ」が重要と言っていたわけで、だから、それが鍵だと思う。そうだ、わかった、と。
でも、実際は、その話をしてくれたオーナーも、本当のところはわかっていないのではないか。

セミナールームに生理用品をおいている、水を無料提供してくれる、片付けを手伝ってくれる、という要素が、セミナールーム選択の決め手にはならない。ないよりはマシだが、決め手にはならないのだ。

駅から少々遠くても、施設が古くても、人とつながれて、ビジネスチャンスの可能性もあって、知らぬ間に自分をプロデュースしてくれる人。連結ハブ。それが、きっと価値なのだ。

「本当にわかる」には、体験が必要だ。
身体を使って、現実と格闘して、そして、「わかる」がやってくる。
そのセミナールームに何度も足を運んで、観察する。自分で講師業もやってみて、身体で感じてみる。その実感と、情報として知ったことの間にある、小さなズレを見逃さないこと。そのズレにこだわると、ひとつの洞察が生まれてくる。

「わかるからやる」のではなく、まず動いてみる。身体をつかって、感じてみることが必要だ。「わかる」はいつも少し遅れてやってくる。

だから、
「わかる」がくるプロセスを確保すること、
「わかった」段階で方向転換できるような体制や環境を作っておくこと、
が大切だと思う。

そしてこの2つをするために、自分から離れること。自分の「理解」を信用しないこと。
だって、後からしかわからない程度の自分をどうして信じられるのか?


経営学ではイノベーションは仮説検証で、まずはやってみることが大切だと言われる。自己啓発分野でも、これは王道のメッセージだ。一歩踏みだせ、と。
けれどこの言葉の意味とは、
「一歩踏み出してみた後にしか、『わかる』は本当の意味で来ないよ」と言っているのだと思う。本当にただとりあえず踏み出してみて成功している人を、僕はあまり知らない。

わかったけど、まだ、本当にはわかっていない。

コロナ禍で、先行きは不透明だ。
不透明になればなるほど、人は情報を求める。けれど、情報が増えれば増えるほど、何が正しいのか。本質はなんなのかがわからなくなっていく。

未来が見通せないとき、情報に頼ってはいけない。
五感を使って感じたことを軸に、情報とのズレを丁寧にみていく。そうすると、「わかる」がやってくる。


あの経営者が僕にしてくれたアドバイス
「もっと人の話をよく聴くこと」


それはきっと、聴くことではなく、身体全体を使え、ということだ。
わかったつもりになんてなるな、ということだ。
自分の理解なんていい加減なものを、やすやすと信じるな、ということだ。

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