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    2020.07
    【第1回】医療職のやる気を引き出しホスピタリティにつなげる ~病院組織課題への新たなアプローチ~

【第1回】医療職のやる気を引き出しホスピタリティにつなげる ~病院組織課題への新たなアプローチ~

20年前、多くの病院には等級制度や評価制度が整備されていませんでした。しかし、現在は規模を問わず、およそどの病院にも一通りの人事制度は整備されています。ところが、これらの制度がホスピタリティやエンゲージメントの向上、離職率の低下といった組織パフォーマンスにつながっていない、またはつながっているのか分からないという問題を抱えているのではないでしょうか。

このような病院では、まずは取り組みやすい対策をとってみる、他病院の施策をベンチマークしまねてみるといった対応が行われますが、同じ施策を行っても病院によってうまくいくケースと、うまくいかないケースに出会ってきました。

そこで、これらの違いが生み出される要因を解明するために、病院医療職1,000人を対象に、ヒューマンリソース(以下、HR)マネジメントと組織パフォーマンスに関する大規模な定量アンケート調査を行いました。すると、私たちの予測に反する解析結果がいくつも抽出されました。本稿では、代表的な解析結果をもとに、病院の組織パフォーマンスの向上に向けたアプローチを解説します。

【調査分析の概要】
定量アンケート調査および分析の概要は、以下のとおりです。
・調査方法(調査時期):インターネットリサーチ(2018年)
・有効回答者数:1,030人
・質問項目数:202項目
・回答方法:各項目5段階で回答(5:非常に同意できる/常に行っている、3:どちらとも言えない/時々行っている、1:全く同意できない/全く行っていない)
・保有医療資格:看護師・保健師・助産師・准看護師57%、薬剤師・コメディカル43%
・勤務病院病床数:500床以上22%、499~200床40%、199~100床23%、99~20床15%

保有医療資格や勤務病院病床数のほか、職位や勤続年数についても幅広く分布しており、病院医療職全般の傾向を把握する調査となっています。調査項目は、浸透している病院価値観、評価・処遇制度、上司によるHRプロセス、上司・医師のリーダーシップ、病院のサービス方針、同僚との関係性、組織パフォーマンスであり、これらの分野間の影響関係などについて、統計解析を行いました。

なお、各分野の調査項目は、海外・国内の同分野の学術研究論文における調査項目をもとに設定しており、各分野の状態を適切に測定することを担保しています。また、本稿で解説する解析結果は、全て重回帰分析を行い、交互作用項が5%水準で有意となった結果になります。

【予測に反する代表的な解析結果】
代表的ないくつかの解析結果を紹介します。
図1は、プロフェッショナルとして、患者の前でネガティブな感情や態度を抑制することを病院の方針として期待された場合(感情抑制方針:低→高)に、評価制度の満足度が高い場合と低い場合で、退職意思に与える影響の違いを示しています。

事前の予測では、ネガティブな感情の抑制を期待されるということは、プロフェッショナル意識の高い病院ということであり、そのような環境で働くことは医療職のモチベーションとなり、退職意思は低下すると考えるのではないでしょうか。

ところが、退職意思が低下するのは、評価制度に満足している、すなわちネガティブな感情をうまくコントロールしながら職務を遂行すると高く評価されるという、病院の方針を適切に評価する制度が整備されているという条件が満たされた場合のみでした。評価制度が整っていない状態で、過酷とも言える医療の現場で感情を抑制する方針だけを徹底させてしまうと、医療職はその病院で働く意欲を失ってしまうのです。

次に、図2は目標設定プロセス、日常会話、期末面談など、上司によるHRプロセスを改善した場合、評価制度の満足度が高い場合と低い場合でエンゲージメントがどの程度、改善するかを示しています。

事前の予測では、評価制度の満足度にかかわらず、上司によるHRプロセスを改善すれば、部下のエンゲージメントは同程度改善すると考えるのではないでしょうか。「確かに医療職の評価制度の満足度を上げることは大事だけれども、何をどのように改定すればよいか分からないし、評価の仕組みを改定するのは大変だ。だから、今まで取り組んでいないHRプロセスの改善に取り組もう」と考える病院を、実際にいくつも見てきました。

しかし、評価制度への満足度が低い状態では、いくらHRプロセスを改善する施策を取ったとしても、エンゲージメント向上への効果はわずかしかないのです。評価の基準や評価の方法が適切に整備されているという条件が満たされて、はじめてHRプロセスの改善がエンゲージメントの向上につながります。

近年グローバル企業や先進企業を中心に、評価制度は運用に労力がかかる割に、組織パフォーマンスにつながらないため、極端なケースでは評価制度を廃止するなど、人事施策の中で相対的に評価制度の位置づけが見直されつつあります。しかし、今回実施したさまざまな解析結果を通じて、医療の現場では病院の方針を適切に反映した評価の仕組みがあり、患者志向の行動を行うと評価されるという安心感が重要であることが明らかになりました。それらが整わない状態では、医療職が患者に貢献したいという想いが形にならず、エンゲージメントや病院組織へのコミットメントにもつながっていきません。

(第2回に続く)

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